うつ病に対する薬物療法は1950年代のイミプラミン(商品名:トフラニールなど)という薬の開発に始まります。イミプラミンは三環系というグループに属する薬で、その後もアミトリプチリン(商品名:トリプタノールなど)、クロミプラミン(商品名:アナフラニールなど)、アモキサピン(商品名:アモキサンなど)といった薬が次々開発されていきました。それぞれ抗うつ作用は強力なのですが、便秘、口渇、尿閉(尿が出にくくなる)、起立性低血圧(立ちくらみ)など自律神経系に対する副作用が出ることが比較的多く、特に高齢者では使いにくいという難点がありました。1970年代からは四環系という新しいタイプの薬が開発されました。マプロチリン(商品名:ルジオミールなど)、ミアンセリン(商品名:テトラミドなど)、トラゾドン(商品名:デジレル、レスリンなど)がその代表格です。四環系抗うつ薬は三環系抗うつ薬と比べて、抗うつ作用という点ではやや見劣りするのですが、副作用が少ないことが長所の1つです。トラゾドンという薬に関しては、副作用があるとしても眠気程度なのですが、この点を利用して逆に依存性の少ない睡眠薬として使用されることもあります。
さらに1990年代以降は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤)というグループの薬が次々に発売され、巨大なマーケットを形成していきました。SSRIの代表格としてはパロキセチン(商品名:パキシルなど)、フルボキサミン(商品名:デプロメール、ルボックスなど)、セルトラリン(商品名:ジェイゾロフトなど)、エスタプロシラム(商品名:レクサプロなど)があり、SNRIとしてはミルナシプラン(商品名:トレドミンなど)、ミルタザピン(商品名:リフレックス、レメロンなど)、デュロキセチン(商品名:サインバルタなど)が挙げられます。効果としては三環系抗うつ薬よりもやや劣るのですが、やはり比較的副作用が少ないこともあって(あるとすれば、食思不振・嘔気などの消化器症状が最多)、うつ病治療の第一選択になりました。
抗うつ剤を選択する基準ですが、症状面で不安焦燥感が強ければ、セロトニン系を持ち上げる系統の薬、制止症状(体が動かせない)が強ければ、ノルアドレナリン系を持ち上げる薬をまず使ってみるなど、症状から当たりをつけてみることもあります。あとは、年齢から副作用が出やすいかどうかなども考慮します。しかし、実際にある薬が効くかどうか、副作用が出るかどうかは、使ってみないと何とも言えないことが多く、試行錯誤せざるを得ないこともあります。通常はSSRI、SNRIといった副作用が少ない薬から使ってみますが、三環系の抗うつ剤を使わざるを得ない時もあります。また、複数の抗うつ剤を併用したり、睡眠導入剤を併用せざるを得ないこともあります。なお、抗うつ剤は効果が発現するまでの2週間程度の時間が必要であり、2-3日飲んで効果を感じないからと言って、諦めないことが肝要です。
最後に個人的な印象を付け加えますと、学生時代に精神科の教科書を読んで「他の疾患に比べて、うつ病は薬で治りやすい」という先入観を持っていました。ところが実際に臨床を始めてみると、「うつ病はちっとも治りやすくないじゃないか!?」という印象に変わりました(たまたま入院施設に勤めていて、難治性の患者様の御紹介を多く受けていたせいもあると思います)。さて、20年臨床をやってみて、その印象がどうなったかと言うと、「やはりうつ病は、長いトンネルを抜けるようにして最終的にはよくなっていくものだ」という考えに変わりました。そのトンネルの時期を抜けるのに必要なのは治療を諦めない粘り強さと、家族や職場など周囲のサポートだと思います。また、希死念慮(死にたい気持ち)が強くそれを行動化する可能性があったり、食事がとれずにどんどん衰弱していっている場合には、入院治療が必要と判断されます。そうした場合には、ためらわず入院を決断することも重要であり、しかるべき病院を御紹介します。
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