臨床を始めて10年目くらいに不思議に思ったことがありました。10代から20代にかけての若い女性が情緒不安定になって「死にたい」とリストカットしたり、過量服薬を繰り返すケースはよくあり、多くの場合は「境界型パーソナリティ障害」と診断されています。それは本当によくあるケースです。しかし、そうした若い時からケースとは別に、10代~20代にかけては一見適応した生活を送り社会的にも活躍されていた女性の方が、30代後半~40代になってからリストカットや過量服薬を始めるなど、「境界型パーソナリティ障害」的な病像を呈することを時々経験していました。その時は「今まで適応していた人が、いったい何なんだろう」と正直思っていましたが、ここ数年トラウマ治療に関わるようになって少し謎が解けた気がしました。子供の時に虐待を受けていたとか、あるいは虐待とは言わないまでも、親と非常に相性がよくなかった人が、成人してからはそんなことは忘れて平和に暮らしていたとします。しかし結婚して子供が生まれ、自分が虐待を受けていた年齢や、親と葛藤していた年齢に達すると、その時の記憶が突然に賦活されます。あるいは、そうした出来事があったことを自覚的に思いだすことすらなく、嫌な感情や体の感覚だけが、引き起こされるかもしれません。あるいは、子供の時に刷り込まれた「自分は愛される価値がない」「無力だ」という否定的な信念も同時に活性化するかもしれません。その嫌な感覚にとりあえず対処するために、自傷行為や過量服薬、アルコール依存に走るかもしれません。一方で、その嫌な感じの引き金になってしまった子供は、理由も分からないまま疎まれたり、怒りを向けられるかもしれません。可哀想なのは子供の方で、自分には何の落ち度もなく、親の過去にあった原因となる出来事のために、虐待される経験をすることになります。そしてその子供が親になった時に、また同じことが起きるかもしれません。そうして何世代にもわたって、「トラウマの連鎖」とでも言うべき現象が起きます。これはどこかで止めなければいけません。中には、こうした問題が起きることを最初から予想して、「だから自分は子供を持たない」と決めている方もいらっしゃいます。勿体ないことです。子供を育てるという経験は、そうした苦痛を惹起させるだけでなく、逆に自分の中の傷ついた子供を癒してくれる可能性をも秘めているからです。親との愛着をめぐるトラウマは世代を越えて持ち越される難しい問題でありますが、時間をかけて取り組むべき課題であると思います。
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